何事も経験。だけど無駄な苦労を継続するのはやめておこう
私は無駄な苦労をしたことが何度もあって、はたから見れば非合理的でバカに見えたと思います。笑
例えばこのブログでももっと早くにコミュニティに入っていれば見てくれる人が増える切っ掛けにもなったのに
「大丈夫大丈夫。いつか誰かが気づいてくれる」などと意味不明な受け身をして閲覧者数一桁台が続きました。笑
知ってくれないと意味がないと思った私はすぐさま他の方のブログに書いてある方法を取り入れてコミュニティに参加しました
その結果、嬉しい事に見てくれる人も増えてきました
やっぱりやってみないと何も解らないし変わりませんね。笑
このように自分の価値観こそが全てで多くの人がやっていることは自分には無意味で合わないと決めつけると後で余計な苦労をしやすいのではないかというのが私の見解です
やってもいない事に対して無意味な事と理解できるのは天才肌の一握りの人間なのに、私のような凡人はやってもいないのに無意味と決めつけることしかできませんでした
やってみて向いていない合わない事をいつまでも続けるのは本当に無意味ですが
「向いてなさそうだからやっても無意味」は非常にもったいないです
やってみると案外楽しめたり性に合っているかもしれません
新たな発見や物事に対する理解が深まると他の事にも応用が利いたりします!
情報の取捨選択の仕方が変わっていったりして面白いですよ。笑
無駄な苦労を継続してはいけない
これはハッキリと言えます。無駄な苦労を継続するほど時間と精神を削ることはありません
例えばドラゴンボールの孫悟空が人生をかけて修行する理由って強くなりたいからですよね
修行すると強くなれるという対価があるからキツイ修行をする
しかし、修行しても強くならないなら悟空は修行せず食べてばっかりいるんじゃないかなぁと思います。笑
自分にとって重要な対価を得ることができるなら苦労継続も必要ですが、対価を得ることが出来ないと解りきっているならばそれは無駄な苦労です。即刻やめましょう
何が自分にとって無駄な苦労?
実際どういう事が自分にとって無駄な苦労なのかって解りませんよね。笑
やってみないと解らないことは とりあえずやる>やらない くらいの気持ちで良いと思います
いつ辞めても良いわけです
辞めることは贅沢でもワガママでもありません。逆に無駄な苦労の継続は時間に対する贅沢とも言えます
無駄な苦労の継続をするのが好きという人はそれで構いませんが押し付けはよくありませんね
よく「お前には苦労が足りない」という人にありがちな思考パターンではないでしょうか?
苦労はするかしないかであって、少ないとか多いとかは特に関係ありませんよ。1つの苦労でいろんなことが解る人もいれば100の苦労をして1つの事が解る人もいます
1つの苦労をしておけば似たような苦労は回避できる可能性が上がります。いかに応用できるかですよね
私も無駄な苦労の継続をしてきた人間で、きっと他の人から見れば「オメぇ、バカなんじゃあねーの?」って言われるくらい無駄な苦労をしていました。笑
今は情報社会であり若い人は色んな経験談に触れて様々ま取捨選択ができる環境にあると思います
ただ、情報過多社会でもあるため偏りやなにが正しい選択かが解らないという若者も多いのではないでしょうか?
それはそれで選択肢のなかった時代より無駄な苦労をする環境でもありますよね
何が苦労か何が無駄化を見極めるには、やはり経験がとても重要になってくるのではないでしょうか?
お知らせ
プロフィールに問い合わせ先を記載しました
気軽にご連絡してくださいね
お待ちしております