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社会人=大人。という認識の大きな間違い

ご無沙汰しております

一か月以上ぶりの更新です

その間も見てくれていた人が多くかったのか、真面目に更新していた期間より音沙汰なしの期間の方が閲覧者数が増えていました

困惑と落胆が私の中でせめぎあっております

 

つい最近のニュースになりますが、二十歳の若者がパワハラ長時間労働を苦に自殺したという事件が起こったことについて

 

www.sankei.com

 

headlines.yahoo.co.jp

 

 

 入社から死亡までの約2年間、上司にあいさつしても無視されたり、同僚がいる前でも、毎日のように大声で怒鳴られたりした。

 27年10月下旬からの1カ月間には残業が約109時間に上るなど労働時間も増え、同年末には、食欲の減退や趣味の自転車のツーリングをしなくなるなどうつ状態になったとしている。

産経ニュースより一部抜粋

 

 

事件を起こしたのは神戸市の洋菓子メーカー「ゴンチャロフ製菓」という会社

 

こういう事を平然と行う上司がいる会社ということで、それ以上も以下もないのでしょう

 

 

 

社会人と大人は「同じではない」

生きていると「この人本当に大人か?」と思ってしまうような人に出くわしませんか?

もしかして私自身そう思われている可能性は高いのかもしれません

ですがそれは一度忘れてください。そして触れないでください

今回、記事冒頭で紹介したゴンチャロフ製菓という会社でパワハラを慣行していた上司

自殺した新入社員男性のあいさつを無視したり、同僚がいる前で大声で怒鳴りつけるなど

およそいい大人がするとは思えないような行為を繰り返していた

 

 

 

少しでも自分の思い通りにならない事があったり、失敗して上手くいかなかったり、他人が自分の思い通りに動いてくれなかったり、他人が自分を偉いと思ってくれなかったり

そんな理由で感情的になることって大人になってもあります

特に疲れている時に不測の事態が起こると自分ではない誰かのせいにして鬱積を晴らしたい!という気持ちになるのも解ります

しかし、上手く行かない事や思い通りにならない事を弱い立場の人のせいにするのは子どもっぽいなと思います

生きている以上、何かや誰かにイライラしたり不満をぶつけたくなる気持ちというのは解ります

それは大人だろうと子どもだろうと仕方ない感情の部分ですよね

ただ、大人と呼ばれる人はその鬱積を自分自身で処理できる人ではないでしょうか?

少なくとも、弱い立場の人に威勢良く八つ当たりして感情の処理をしている人を大人とは認められません

それはただ年齢を重ねただけの人です

残念ながら、世の中はけっこうそういう人が多い

 

 

 

大人だから我慢できるわけではない

社会人になると笑ってしまうくらい理不尽な事の数々です

思考が働かなくなると、「死ぬか会社に行くか」という極端な選択をしてしまう人もいます

会社に行くと仕事や人間関係で理不尽な目に遭ってしまい、我慢に我慢を重ねてしまう人は少なくありません

周りに相談できる人がいれば良いのですが、新入社員や若い人だとなかなか難しいですよね

法律上は大人になったんだからという建前で理不尽な事や辛い事への我慢を要求される

大人は我慢しろという暗黙のルールが新入社員や若い人を追いつめてしまう部分もあります

 

私個人の考えですが

大人と言うのは別に我慢が出来るわけではなく、耐える事ができるだけだと思っています

子どもは転んで怪我すると泣いちゃって感情を剝き出しにします。それは子どもなら当たり前の事ですよね?

転んで怪我する経験が少ない子どもなら泣きわめいてしまうのも仕方ありません

大人になると転んで怪我した経験なんて五万とあるからいちいち泣きわめいたりしませんが、それと痛い事は別です

つまり、大人だって転んだら痛いんです。子どもと変わりない痛みを感じてしまうわけです

大人はその痛みに耐える事ができるだけで我慢し続ける事はできません

耐える事も時には大切ですが、我慢し続けることは決して自分の為になりません

 

 

余談

記事冒頭で触れたニュースに出てくる企業の上司

彼は会社を辞めると言った新入社員男性に対して

 

「辞めたらもうおまえの学校(卒業校)から採用しない」

 

と発言。

今後、自分の母校からこの会社に入りたいという後輩の採用を人質にしていたそうです

 

 

もしこの記事を読んでいる人で逃げ道を消されて追いつめられている人がいれば、勇気を出して誰かを頼ってみてください

もちろん私でよければお話を聞きます